「アレ」へのマジックを24にした23日の中日戦(京セラドーム大阪)。中盤、テレビ画面に興味深い光景が流れた。この試合、先発の大竹が本調子ではないとみると、監督… - 日刊スポーツ新聞社のニュースサイト、ニッカンスポーツ・コム(nikkansports.com)
日刊スポーツ記者、フリーライターとして約50年にわたって阪神の戦いぶりを見続けてきた内匠宏幸氏。特に岡田彰布氏との縁は深く、6球団競合の末、早大からドラフト1位で阪神に入団した1980年に密着連載を担当した。その後も選手、コーチ、第1次監督時代を通じて精力取材を続け、監督としてリーグ優勝を果たした2005年も日刊スポーツ紙面(大阪版)でコラムを連載した。その野球観、猛虎愛に触れてきた内匠氏が「岡田の野球」を追います。「アレ」へのマジックを24にした23日の中日戦(京セラドーム大阪)。中盤、テレビ画面に興味深い光景が流れた。この試合、先発の大竹が本調子ではないとみると、監督の岡田彰布はスパッと5回で交代を告げた。6回は新外国人のブルワー。7回は石井とつないだ。この時、降板した石井の動き、表情が特別なものだった。頭をかきむしり、ベンチの中で何度も頭を下げ、無事に抑えてくれた桐敷に丁寧にお辞儀していた。
ヒットと三振。別にここまで悔やむようなピッチングではなかったけど、石井は最後まで笑顔を浮かべなかった。これを見て、思った。「これが阪神のブルペンの力なんだ」と。責められるような結果でないのに、後悔し反省する。他球団なら十分な内容なのに、ここでは違う。そもそもブルペンのレベルが違うのである。 岡田はシーズンを戦う上で何が重要かと問われ「こんなん、当たり前やけど、ブルペン勝負よ」と明確に答えている。岡田がこの考えを持ったのは、ご存じ、2005年から。前体制時、相手チームのラッキー7つぶしを念頭に、リリーフを強化。出来上がったのがJFKだった。セットアッパーは「中継ぎ」とか「つなぎ」と呼ばれ、軸になるリリーフ投手を中継ぎエースと呼んでいた。最後を締めくくるピッチャーは抑えの切り札。または守護神。それが時代が移り、中継ぎをセットアッパー。抑えをクローザー。もっちゃりとした呼び名から、実にスマートでカッコよくなった。阪神はその典型だが、広島も当てはまる。監督の新井がブルペン強化を掲げ、適材適所に人材を見つけ、そして配置。しのぎ合いを制するまでに至っている。パ・リーグもそうだ。オリックスは先発が強く、その後を受け持つブルペンの人材が豊富。これが強さの源泉になっている。ブルペンこそが勝敗の決め手。この方程式を20年近く前に気づき、ここを確立するための方策を考えてきた岡田である。キャリアが違うし、自信はゆるぎない。「前から言うてるやんか。打てなかったら、打たせなかったらエエだけのこと。こ
さらに今年、心強いのが投手コーチの存在。2005年時代、先発、セットアッパーで投げた安藤、そしてJFKの「K」である久保田。この2人がコーチとして、経験をつなげているところが、いまの結果に表れている。岡田も気心の知れた2人、信頼を寄せているのは間違いない。 ブルペンにいる誰も勝ちゲームに通用する投手になった。時に大差をつけられての負け試合。こういう時は敗戦処理が必要なのだが、そういう試合がないし、そもそも敗戦処理の投手が存在しない。それがいまの阪神ブルペンの強み。酷使にならず、連投を極力さけながら…。ブルペンはまだまだ余力が残っている。【内匠宏幸】